働くこと、働く場、働く権利

 年末年始にいろんな方とお話をする機会がありました。その中で改めて感じたこと、それは若い世代の雇用環境の厳しさです。自分の息子がちょうど「就活年齢」、ということは彼の同級生仲間、小さなときに学童クラブや保育園、学校で遊んであげた彼や彼女も「就活」。そして、決まっていない子がとても多い…。
 若い世代の力を生かせないなんて、なんという社会だ!! 論理よりも前に義憤のようなものが噴き出してきます。働く意欲も、力も、そしてもちろん必要もある若い世代に働く場を提供できない社会は、衰退する社会、文字どおり老い行く社会です。労働が義務であるだけでなく「権利」でもあることを明確にうたった憲法を持つ社会で、なぜこんなことが真剣に考慮されないのだろう? 不思議でなりません。
 そう、真剣に考慮されてはいません。政治の世界の話です。国の「雇用対策」など、企業にお願いするのが精いっぱいの臆病なものばかり。そして練馬区はと言えば、ついに「新規採用ゼロ」です。このブログでも一度、触れましたが、この「新規採用ゼロ」は区の人事管理政策としてもたいへん疑問の多いものですが、それだけでなく、これだけ雇用環境、とりわけ若い世代の雇用環境が悪化しているときに新人を一人もとらない…このことが持つ政治的な意味合いやメッセージは、とてもネガティブです。間もなく「成人の日」、区長は新成人になんと言うのでしょう? みなさん、仕事はありますか、働く場はありますか、練馬区は誰も採らないんですよ…笑い話にもなりません。
 正規職員のかわりに、非常勤やアルバイトを増やす。あるいは、委託会社の非正規雇用で置き換える。いやいや、ただただ人を減らし職員の労働負担を重くする。いずれにしても、雇用政策としてみた場合のピンボケぶりは明らかです。たとえ…たとえ、人員が過剰になるとしても、公務員の中でワークシェアリング、あるいは賃金シェアリングをしてでも若い力を受け入れるべきではないか。私は、そこまで思います。

 「新規採用ゼロ」。区長選の争点にしてもおかしくない大テーマです。

|2011-01-06T00:03:00+09:002011年1月6日|コメントはありません

コメントする