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消えた「発熱外来」 ~「新型コロナ」”リスク対話”(9)~

杉並区が独自の「発熱外来」開設に踏み込んだ。一般医療機関での感染リスクが現実のものとなる中で、「新型コロナ」やその疑いのあるケースを分離し、専門の診療体制を取ろうとする試みだ。練馬区でも、ぜひ検討したい。

杉並区が「発熱外来」を独自に開設する方針を打ち出したのを受けて、”対話”のテーマを一時、こちらに移して投稿を続けています。
「発熱外来」については、いろいろとご意見が届いています。

「早急に練馬区でも発熱外来を設けてほしいです。
娘が微熱が続き、かかりつけ医に電話したら診察を断られ、別の医院に電話したらどうしても辛ければ来てもいいと言われたけれど、他の患者さんと区別をしないで一緒だということで、何と無防備なと恐ろしくて行けませんでした。
他には症状がないので、そのまま自宅待機しています。夫が療養中なので、びくびくしています。誰がなっていてもおかしくない状況、安心して診察を受けられる体制を一刻も早く整えてほしいです。」

実感を伴ったこうしたご意見は、とても多いと感じます。都医師会が動いて各所にPCR検査所を設置する動きも始まりましたが、こちらは検査を集約・簡易化する試みです。これはこれで大切な動きですが、診療そのもの、医療機関の機能そのものの区分立ててはありません。「発熱外来」にこだわりながら、さらに考えてみようと思います。

対話その5 なぜ「発熱外来」は消えたのか

先の投稿にも書きましたが、現在の国や都の『行動計画』などではそもそも「発熱外来」の位置づけがありません。基本の考え方はこうです。

  • 発生国からの帰国者や国内患者の濃厚接触者の診療のために、国内で新型インフルエンザ等が拡がる前の段階までは各地域に「帰国者・接触者外来 」を確保して診療を行う
  • 感染が確認された人は、原則、感染症法に基づいて「入院勧告」を行う
  • 新型インフルエンザ等の患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった状態では、帰国者・接触者外来 、帰国者・接触者相談センター 及び感染症法に基づく患者の入院措置を中止し、原則として一般の医療機関において新型インフルエンザ等の患者の診療を行う

つまり、感染者もしくは感染の疑いのある疑感染者の診療は、初期は「帰国者・接触者外来」で行うが、感染経路が追えないほどに広がってきた段階ではこの体制を終了し、一般の医療機関すべてで診療を行う。これが、今の国や都の計画における基本フレームです。一般医療機関は、すでに感染者や疑感染者への対応を事実として迫られており、その中で院内感染も広がっているのですが、今後は「帰国者・接触者外来」がなくなることすら想定しければならない。少なくとも、計画上はそうなっています。

実は、かつての計画では「発熱外来」が明示されてていました。新型インフルエンザ等に対する対応は、まず政府の『行動計画』で整理されます。この『行動計画』を受けて、実際の具体的な対処方針等を定めるための『ガイドライン』が策定されます。この『行動計画』や『ガイドライン』では、2011年までは「帰国者・接触者外来」ではなく「発熱外来」の設置が位置付けられ、かつそれは感染のまん延期も含めて事実上、恒常的に設置されることとなっていました。
たとえば、2009年に定められた『新型インフルエンザ対策ガイドライン』には、こんな記述があります。

○ 第二段階から第三段階の感染拡大期までの発熱外来の目的は、新型インフルエンザの患者とそれ以外の疾患の患者とを振り分けることで両者の接触を最小限にし、感染拡大の防止を図るとともに、新型インフルエンザに係る診療を効率化し混乱を最小限にすることである。したがって、この段階における発熱外来については、この段階において新型インフルエンザの患者の入院診療を行う医療機関に併設する
ことが望まれる。
○ 第三段階のまん延期以降における発熱外来の目的は、感染防止策を徹底した上、新型インフルエンザの患者の外来集中に対応することに加え、軽症者と重症者の振り分け(トリアージ)の適正化により入院治療の必要性を判断することである。したがって、この段階における発熱外来については、希望する者が速やかに受診できるよう設置することが望まれる。

○ 発熱外来は、適切な医療を提供するためには既存の医療機関に専用外来を設置する形態が望ましいが、地域の特性に応じて、柔軟に対応することとする。設置に当たっては、新型インフルエンザ以外の疾患の患者と接触しないよう入口等を分けるなど院内感染対策に十分に配慮する必要がある。感染対策が困難な場合は、施設外における発熱外来設営等を検討する。

『新型インフルエンザ対策ガイドライン』(2009.2.17 新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議) こちら

ここで第三段階とは、「国内で、患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった事例が生じた状態 」のことです。つまり、今の行動計画やガイドラインでは専門の外来(「帰国者・接触者外来」)がその役割を終え、一般医療機関での医療に移るとされているその段階で、むしろ「発熱外来」は積極的な役割を果たすこととされていたのです。ところが、2011年9月に新たに取りまとめられた『行動計画』ては、この「発熱外来」が「帰国者・接触者外来」へと置き換えられます。この改定の趣旨は、こう説明されています。

「発熱外来」を「帰国者・接触者外来」に名称変更し、発熱だけではなく、渡航歴等により対象患者を絞り込むこととするとともに、帰国者・患者との接触者以外の発熱患者は、院内感染対策を講じた上で、一般の医療機関で対応

新型インフルエンザ専門家会議2012.01.18 資料2 こちら

この『行動計画』の見直しを受けて、『ガイドライン』も2013年6月に改訂され、「発熱外来」は政府や自治体の公的な計画からは姿を消すことになります。現時点で、新型インフルエンザ等の感染に対する医療提供体制がどのようになっているか、都の『行動計画』(こちら)の中にわかりやすい図がありましたので紹介します。

繰り返しますが、ここでいう都内発生早期とは「都内で新型インフルエンザ等の患者が発生しているが、全ての患者の接触歴を疫学調査で追える状態」のことです。都内感染期とは「患者の接触歴が疫学調査で追えなくなった状態」です。また、東京都は「帰国者・接触者外来」を「新型インフルエンザ専門外来」と呼んでいます。
すでに過半の感染者が接触歴を追跡できなくなっています。また、軽症者については入院を求めないという措置も取られることになりました。「都内感染期」に入っていることは明らかですから、計画上は専門外来での対応から一般医療機関での対応に移ることが現実的かつ具体的に想定されるべき段階に来ていることになります。

国が『行動計画』や『ガイドライン』を改定する前は、都のプランはこうでした。(『東京の福祉保健の新展開』201年版)

違いは明瞭です。しかし、いったい「発熱外来」はなぜ消えたのでしょうか。転機になったのは2009年4月の新型インフルエンザの発生だったようです。行動計画の見直しについて議論していた厚労省の専門家会議の議事録を見ると、担当者が「第二段階において発熱外来に患者が集中して機能しなかったと。そのような事例も見られたということを踏まえ」見直しを行うという説明をしています。2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の際に実際に感染対策がどのように機能し、あるいは機能しなかったのか。そして、どんな議論や力学の中で見直しに傾いたのか。検証した資料に当たることができませんでしたが、いずれにしてもこの2009年時の経験を踏まえ、①発熱外来の対象者を「発熱だけではなく、渡航歴簿により絞り込む」(上記専門家会議)、②感染拡大期における専門的な外来の設置をやめる、という見直しに踏み込んだものと思われます。

新型インフルエンザ(2011年07月15日 朝日新聞朝刊)
2009年4月、メキシコで感染が確認された新型の豚インフルエンザウイルスは、ほとんどの人に免疫がなく、全世界で流行。日本でも5月には5千を超す小中高などの学校で休校が相次いだ。厚生労働省によると2077万人が受診、203人が死亡した。

「発熱外来」を消していったこの見直しの経過をたどると、果たしてそれが適切であったのかどうか、今回の新型コロナの経験を踏まえ、改めて議論が必要になるのではないかと強く感じます。ただ、それはともかく、現実に進みつつある感染拡大にどう向き合うかという点で、既定の計画に必ずしも拘束されない対応を考えるのは大いにありうることです。とくに、院内感染の急速な広がりは、一般医療機関における感染対策が十分に機能していないこと、院内感染のリスクが医療崩壊を加速させかねないことを教えています。また、軽症者等の医療へのアクセスを改善し感染の広がりを幅広く把握していくことも、強く求められていることです。感染対策を効果的に進めつつ医療を提供していくためには、かつて掲げられた「発熱外来」の役割を再確認すべきではないか。こうした文脈で見たときに、杉並区の挑戦は大いに示唆的であると思われます。

※“リスク対話”のテーブルです。ご意見をお待ちしています。
※できるだけ根拠をたどりながら記事を書いていますが、事実と違うという点もあるかもしれません。ご指摘いただければ幸いです。

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