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「土木」を変えた、川への想い

 最近読んだ、そしてとても印象に残った本の紹介です。いや、本の紹介というよりも、この本を書いた旧・建設省のある河川技術者の紹介というべきか。
 書名は『大地の川 ――甦れ、日本のふるさとの川』。草思社1994年の刊。絶版のようですが、練馬の区立図書館には在庫が有ります。付箋だらけですが、写真の本です。著者は関正和さん。1948年生まれ、72年に建設省に入省。その後、土木の専門家として全国の治水や河川管理に従事。「多自然型川づくり」という河川行政の歴史的な転換を推し進めた中心人物の一人です。
 私たちは、しばしば土木の技術者・専門家をある種の予断を持って見がちです。つまり、やたらとコンクリートの構造物を作りたがる、“公共工事の権化”として。事実、これまでの土木行政の中心は間違いなく全国に道路を作り、川に橋を架け、堤防をつくる…そんな仕事でした。公共工事が自己目的化し、そこに群がる政治家や企業の思惑に歪められ、自然や人々の暮らしを傷つけながら進められる様は、確かに日本の土木行政の一面を照らし出したものであったと思います。
 しかし、技術者には技術者としての誇りと理想があり、そして技術者もまた人間である。そんな当たり前のことを、この本は教えてくれます。

 「これまでの河川行政は、どちらかといえば治水と利水に大きな重点をおいてきた。…しかし、川は洪水や渇水の日々以外にも365日たえることなく流れ、町にやすらぎを与え、地域にうるおいをもたらしている。人々がとくに求め始めているのは、洪水や渇水の日のことではなくて『普通の日々』の川の姿である。川のなかの豊かな自然と、清らかな流れにひたって、心安らかな時間をたっぷりと過ごしたい。水と緑のなかを何かにわずらわされることなくゆったりと散策したい。子供たちを身近な自然のなかで、のびのびと遊ばせてやりたい。山紫水明の美しいふるさとをとりもどし、まちにうるおいのある風景を創出したい。」

 環境やエコロジーの専門家がこう言っているのではなく、土木の、しかも政策に深く関与する立場にいる技術者がこう言っている。個人的な心情を吐露しているだけでなく、それが河川行政の転換を生んでいく…治水と利水の歴史を紐解き、アメリカ大陸からヨーロッパ、あるいは日本全国にわたる河川の姿を追いながら、一本の筋として貫かれているのは情に流されない技術者としての社会的使命への自覚と、そして人間らしい情を取り戻したいという強い思いです。こういう人が、国に――「あの」建設省にいたのだということは、一つの驚きです。河川行政の転換は、もちろん決して官庁の中からだけ生まれたものではなく、むしろ河川の管理・整備の現場から、それもその現場に生きる住民の思いや意志を受け止めるところから始まったというべきでしょう。しかしそれにしても、役所の中にこういう人材がいたからこそ、行政は変わったのだということも間違いのない事実です。
 関さんは若くしてがんを患い、1995年、46歳で亡くなりました。本当に惜しいことです。関さんが道筋をつけた河川行政の歴史的転換は、1997年の河川法改正によって歴史に刻まれました。この法改正によって、河川管理の目的として「治水」、「利水」だけでなく新たに「河川環境の整備と保全」が位置付けられました。さらに河川整備計画を策定する際に学識経験者や関係住民の意見を反映するように求めたことも大きな意義を持った改正点でした。
 この練馬に流れる白子川。白子川のとくに比丘尼近傍部分の改修・整備は親水性の確保、住民参加での計画検討などを大きな柱として積み重ねられてきたのですが、実はその背景にはこの河川法改正が、そして関さんたち心ある技術者の努力があったのです。そう思うと、他人事として読むことのできない、そんな一冊です。 この本のことを教えてくださったMさんも、関さんと同じ畑を歩んだ方。ありがとうございました。

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