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練馬区の“論理”、一蹴 ~日大光が丘病院「50億円」訴訟~

 金曜日、東京地裁に再び出向き、判決文を閲覧してきました。日大が提訴した「敷金返還請求事件」の判決文です。練馬区が敗訴し、日大が当初に差し入れた保証金50億円に加え遅延利子約6億円の支払いを命じられたことは、すでに報道等で伝えられている通りです。しかし、判決文を読んでみると、あらためて練馬区にとってこの敗訴がいかに深刻なものか、大きなダメージを伴うものかを痛感させられます。
 判決文からは、練馬区のほぼ全面的な敗訴であることがはっきりと読み取れます。被告・練馬区は「保証金の返還時機が到来していないこと、保証金の返還請求が信義則違反であること及び原告の債務不履行による損害賠償請求権との相殺などを主張」しました(以下、とくに断りのない引用は判決文から)。そして、すべての論点にわたって、判決は練馬区の主張を退けました。

 まず注目すべきは、判決がもともとの50億円の性格、趣旨に踏み込んでいることです。50億円は、通常の貸付契約に伴う保証金としては異例の高額であり、その額は練馬区が当時の医師会が抱えていた債務を処理するために必要な財源を確保するという目的のために設定されたものであった――判決はこう明記しています。
「被告(練馬区)としては…医師会病院の運営を引き継ぐ運営主体との間では…少なくとも、新たな運営主体が保証金などの名目で負担する金員が、医師会の累積負債を処理できる程度に達することが必要であった」
「一般的な病院の建物ないしその敷地たる土地の賃貸借において想定される保証金とは異なる考慮によりその金額が定められることになっていた」
「本件保証金は、…賃料が月額2683万円であることに照らせば、一般的な建物賃貸借において支払われる保証金としては極めて高額であるといえる」「本件保証金は、基本協定及び貸付契約の債務の履行担保するものとして交付されたものであるが、その金額の算定にあたっては、これをもって医師会の債務処理が可能であることを要件として定められたものである」

 判決は、50億円の額や性格付けがどのように議論され、定まっていったかを追いながらも、このこと自体を深く掘り下げたり法に照らして検証するということはしていません。それは、今回の訴訟の直接の争点ではないからです。しかし、①「保証金」は、事実上は練馬区に対する日大の資金援助であったこと、そして②練馬区が「保証金」をそのまま費消し、将来も返還を必要としないものとして扱おうとしていたことを裁判所が認定したことの意味は決して小さくはありません。練馬区は、日大に対して法外な「保証金」を、いや事実上の財政支援を求めるだけでなく、それを返還の必要のないものとしようとしていました。驚くべきことですが、しかし、練馬区のこうした姿勢はその後もしばしば顔を出し、それが日大の強い不信を買うことになるのです。

 判決は、その金額の意味合いはともかく、性格としては50億円は「貸付契約」に伴う保証金であると認定しました。そして、そのことを前提に、建物貸付契約の最長期間を20年と定める民法604条の適用の可否についても、きわめて明確な判断を下しています。
「貸付契約の存続期間は20年を超えることができず、平成3年に合意した時点でその存続期間が20年となったものというべきであり、貸付契約に民法604条の適用がないこと及び貸付契約から20年を経過する以前に借地借家法29条2項が施行されたことにより、貸付契約の存続期間が30年となるとする被告の主張はいずれも採用できない」
 原告・日大の主張は、ほぼ全面的に認められました。民法をそのまま適用すべきでない、する必要はないということを言わんがために練馬区があれやこれやと持ち出した“論理”――借地借家法との関係やら、協定書の重みやら、30年を約束していたという信義則の問題やらは、すべて一蹴されました。
 判決がここまで明確に、また一方的に退けた練馬区の立場とは、いったい何を根拠にしていたのか? どれほど慎重に検討されていたのか? 練馬区と日大は、訴訟に入る前に協議を続けてきました。日大の主張と立場は、すでに明確でした。練馬区が日大の主張を頑として受け入れず、あえて訴訟になだれ込むことにいったいどんな理と利があったのか。訴訟に費やされた時間のために6億もの余計な支出(延滞利子)を迫られる事態となったことを考えれば、区の判断は厳しく問われなければならないでしょう。

 もう一つ、判決には驚くべきことが記されていました。2013年5月30日、つまりもう1年以上前に、「被告は損害賠償請求権と保証金返還債務を対等額で相殺する旨の意思表示をした」と記されているのです。判決文によれば、練馬区は、光が丘病院の運営を支えるために行われた賃料の減免や施設拡充のための経費、さらには後継団体の公募経費397万余円、区報特集号発行経費、職員の超過勤務手当などを「損害」として数え上げ、それと50億円を「相殺する」という提案をしていたというのです。
 「返さなくてよい」という立場と、「返さなければならないけれど、こちらにも債権があるから相殺しよう」という立場は、全く異なります。すでにこの時点で、練馬区は、50億円を返還すべきという判断を裁判所が持っているであろうことを察知していたのでしょうか。もしそうなら、練馬区はその時点で直ちに支払いを前提とした和解の協議でも求めるべきでした。そうしたら、少なくとも6億円の追加負担は大きく軽減された可能性があります。
 それにしても、光が丘病院の医療を支えるために、つまりは区民の医療を支えるために注ぎ込まれたはずの税金を日大の債務扱いする練馬区の論理は、あまりに貧しく混乱したものです。まして、後継団体の選定にかかわる経費まであれやこれや数え上げるに至っては、すでにこの時点で練馬区の立場は論理的にも道義的にも破綻していたと思えてなりません。

 判決は、練馬区にとって極めて厳しいものですが、それは図らずも、練馬区が光が丘病院に対してどれほどゆがんだ、コンプライアンスに欠ける非常識な関わりをしてきたかを公衆に示すものともなっています。いや、図らずも…ではないかもしれません。裁判官は、練馬区に警告を発し自省を促す思いを込めて、この判決を書いたのではないか。考えすぎかもしれませんが、それほどに厳しい判決です。 

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