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岩手・陸前高田で

 土日と、岩手県の南部、陸前高田のまちに行ってきました。私が役員に名を連ねている医療団体の皆さんと、県立高田病院をはじめとした被災地の医療の状況と課題を探ろうという企画です。
 3.11以後、岩手に入ったのは初めてです。そして、津波のすさまじさと「復興」の困難を肌に感じる貴重な旅となりました。

 車で一ノ関駅から1時間半ほど。山道を右に左にと抜けていくと、ハッと視界が開けます。陸前高田の町は、高くはない山々に背後を囲まれ、表は海に開いた平地を中心に形作られていました――そう、いました。今はこの平地には、ほとんど何もありません。たくさんあったという民家も商店も、そして田畑もありません。津波に飲まれたからです。
 今は広々と見通せるこの平地に、いくつか津波の爪痕を伝えるものが残されています。このアパートもその一つ。市営住宅だったのか、「1号棟」の数字があるこの建物、1階から4階までは窓もベランダの手すりも波に砕かれ、さらわれています。この高さまで波の下だったのか、それがこの平野一面を覆ったのかと思うと、言葉を失います。
 よく知られるようになった「奇跡の一本松」は、このアパートから海に向かってしばらく車で走ったところにあります。枯死したのち、モニュメントとして保存されることになったこの松。しかし、私はこの「一本松」そのものよりも、松など圧倒する存在感を誇示しているかの巨大な構造物のことが気になって仕方ありませんでした。近くの山を崩し、そこで生まれた土砂を新たに造成する盛り土の宅地として、あるいは海中に築造される堤防として使うために運搬するコンベアなのですが、しかしおよそ普通のコンベアの持つイメージとはけた違いの、巨大な代物なのです。
 このコンベアは、今、被災地で進みつつある「復興」の――その思想や方法のシンボルのように感じられてなりません。それがよいか悪いか、簡単には答えの出ないことかもしれません。しかし、直観的に抱いた違和感は、容易には消えません。この2日間に、いろんな方のいろんなお話を聞くことができました。重い宿題です。

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